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ポールウェラー

世界を代表するシンガーの一人ポールウェラー。パンク音楽を代表する有名な人物の一人でそのデビューまでの流れや音楽歴には多大なものがります。そのポールウェラーをさらに知っていただくためにポールウェラーについて説明していきます。


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ポールウェラー誕生

イギリスのロンドン郊外にあるサリー州(ハリー・ポッターが住んでいた)に、1958年5月25日誕生しました。父は公務員で典型的なイギリスの中産階級の家庭で育ちました。本名はジョン・ウィリアム・ウェラー(John William Weller)です。青春時代のポールウェラーはザ・フー(The Who)、スモール・フェイセズ(Small Faces)やアメリカのリズム・アンド・ブルース、ソウルミュージックを好んで聞いていました、そしてそれらの音楽から強い影響を受けたのです。

ポールウェラーの音楽履歴

ザ・ジャム(The Jam)

1973年に当時の遊び友達だったブルース・フォクストン(Bruce Foxton)ベース担当、リック・バックラー(Rick Buckler)ドラム担当らと共に、ザ・フーに代表されるモッズスタイルのバンドを結成し、ザ・ジャムとして活動を始めました。当時彼らはモッズ・ファッションを好み、スクーターのヴェスパ(Vespa)に乗り、フレッド・ペリー(Fred Perry)やロンスデイル(Lonsdale)のポロシャツ、細身のスーツとミリタリーコート、というスタイルでモッズ系ファッションのファッションリーダーとなっていきます。1977年デビューシングル「イン・ザ・シティー(In The City)」を発表し、同年デビューアルバム「イン・ザ・シティー(In The City)」でメジャーデビューを飾りました。当時流行していたパンクムーヴメントには目もくれずひたすらスモール・フェイセズ、R&B、モータウンサウンドを追求する彼らの音楽性は一般的にはなかなか受け入れられず翌年発表の2枚目のアルバム「モダン・ワールド(This Is Modern World)」は音楽評論家たちから酷評されてしまいます。しかし1978年に発表したアルバム「オール・モッド・コンズ(All Mod Cons)」では、彼らのネオモッズサウンドの確立に成功し、衰退して行ったパンクムーヴメントを横目に、商業的な成功を得ることになります。更に精力的な制作活動で、翌年の1979年にアルバム「セッティング・サンズ(Setting Sons)」を発表し、このアルバムはザ・ジャムの最も優れた作品として今でも評価されています。その後、よりR&Bやソウルミュージック、モータウンサウンドを取り入れた音楽に傾倒していきますが、ポールウェラーはメンバーとの音楽性の違いや、ザ・ジャムでの活動に限界を感じ、1982年にはバンドの絶頂期にもかかわらず、あっさり解散してしまいます。しかし彼らの残した功績は大きく、後のイギリスの音楽シーンであるブリット・ポップの中心人物の多くに、多大な影響を与えています。影響を受けたミュージシャンにノエル・ギャラガー(オアシス)、スティーヴ・クラドック(オーシャン・カラー・シーン)、ケリー・ジョーンズ(ステレオフォニックス)などなど、今まさにイギリスの音楽業界の中心にいるミュージシャンばかりです。

ポールウェラー愛用のフレッド・ペリー

イギリスのテニスの神様と呼ばれたフレッド・ジョン・ペリーが立ち上げたスポーツウェアブランドです。ザ・ジャム以降のネオモッズ世代に絶大な支持を得て、その後日本でもブームを巻き起こしました。現在でもブラーやオアシスといったブリット・ポップ世代が愛用しているブランドです。

スタイル・カウンシル(The Style Council)

1982年にザ・ジャムを解散したポールウェラーはその後すぐに動き出します。元ディキシーズ・ミッドナイト・ランナーズのミック・タルボット(Mick Talbot)キーボード担当とスタイル・カウンシルを結成します。ザ・ジャム時代のうっぷんを晴らすかのようにジャズ、R&B、ソウルミュージック、ファンク、ハウスとあらゆるジャンルの音楽を取り入れつつ、ポップなメロディーと辛らつな歌詞で独自の音楽性を出していきます。1985年に発表されたアルバム「アワー・フェイバリット・ショップ(Our Favorite Shop)」は大ヒットとなり、当時の日本の音楽チャートも賑わせました。バブル絶頂期の日本では「カフェバー」に行くと必ずスタイル・カウンシルの曲が流れていたものです。こうして商業的にも音楽的にも大成功を迎えたポールウェラーでしたが、その後はヒット作にも恵まれず、音楽的にもスランプに落ちいってしまい、1990年スタイル・カウンシルは、自然消滅的に解散してしまいました。

ソロワーク

スタイル・カウンシル解散後のポールウェラーは、音楽人生最大の危機を迎えます。1990年からの2年間は、音楽業界から姿を消したかのように沈黙していました。しかし、1992年満を持してソロアルバム「ポールウェラー(Paul Weller)」を発表します。スタイル・カウンシル時代とは音楽スタイルをがらりと変え、アメリカ南部のブルースに影響を受けた泥臭いブルース色の濃いサウンドになっています。1年に一枚のペースでアルバムを発表し、1995年発表のソロアルバム「スタンリー・ロード(Stanley Road)」はベスト&ロングセラーとなります。その後もコンスタントにアルバムを発表し、ノエル・ギャラガーなどの若手とのコラボレーション、ドクター・ジョンなどのベテランのアルバムに参加するなど、精力的に活動しています。

ポールウェラーの魅力

ポールウェラーの魅力はズバリ「ジョンブル魂」の一言に尽きるでしょう。「ジョンブル魂」とはイギリス人固有の、頑固で律儀、こつこつと自分の思いを追求する姿と言えます。決して天才肌ではないポールウェラーがパンクムーヴメント以降、現在でも第一線で活躍出来ているのは、この「ジョンブル魂」の賜物だと思うのです。ポールウェラー以外で思い当たるのは、元ポリスのスティングぐらいです。すでにベテランの域に達しているポールウェラーですが、その音楽性は今後も変化し続けるでしょう。更にレイドバックした渋いポールウェラーに大きな期待をするとともに、最大限の応援をしていきたいと思います。


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